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散歩中や部屋の中で、愛犬が急に後ろ足をピンと伸ばすような仕草をした。
数歩だけスキップのようにケンケンして、そのあと何ごともなかったように歩き出した。
痛がっていないので、つい「クセかな」と思ってしまう動きです。ですが、「一瞬だけ出て、すぐ消える」動きには注意が必要です。このような仕草は膝蓋骨内方脱臼、いわゆる”パテラ”の、早い時期のサインとして現れることがあります。
パテラは、膝のお皿の骨(膝蓋骨)が本来の溝から外れてしまう病気です。遭遇する機会の非常に多い病気で、当院にも非常に多くの患者様が来院されます。しかし来院されるきっかけは、ケンケンや足を上げる症状があるから、というのは稀なケースです。
このような仕草は見落とされていることが多く、来院理由は「トリミングの時にトリマーさんから言われた」「ワクチンの時に獣医さんから指摘を受けた」というケースが多いです。つまり、ご家庭で気付かれないまま進行していることが少なくない病気だと思います。
この記事では、犬が後ろ足を伸ばす・スキップ歩きで疑われる「パテラ」についての詳細と、実際に愛犬がその仕草を見せたときの対応についてご紹介します。
※”パテラ”という呼び方について
医学上、正確にいうと膝蓋骨(お皿の骨)そのもののことをパテラといいます。ただ、オーナー様の間でも獣医師の間でも、膝蓋骨内方脱臼のことをパテラと呼ぶことが多いです。そのため、この記事でも”パテラ”と表記します。英語の頭文字をとって”MPL”と呼ぶこともあります。
1. 「後ろ足を伸ばす」「スキップ歩き」とは、どんな動きか
オーナー様の表現としては、次のようなものがあります。
- 歩いている途中で、片方の後ろ足をピンと蹴り出すように伸ばす
- 数歩だけ足を浮かせてケンケンし、また普通に歩き出す
- 走っているときだけ、スキップのようなリズムになる
- 足を伸ばしたあと、自分でブルッと振って、元に戻る
共通しているのは、「症状は一瞬」「本人はケロッとしている」という点です。
オーナー様が「あれ?」と思った頃には、もう普通に歩いていることが多く、この点がパテラの初期症状の厄介なところだと思います。
なぜこの動きは、一瞬で終わるのでしょうか?
パテラには、外れやすさの程度によって、グレード1〜4という4段階の分け方があります。(詳しくは、膝蓋骨内方脱臼のページの「膝蓋骨脱臼の重症度」をご覧ください)。このうちグレード2は、「触ると外れるが、膝を曲げ伸ばしすると元の溝に戻る」状態です。
「伸ばす」「ブルッと振る」という動作は、外れたお皿を自分ではめ直している動きである可能性があります。だとすれば、すぐに普通に歩けてしまうことにも説明がつきます。
2. パテラは痛がらなくても、注意したほうがよい理由
「痛がっていないなら大丈夫では?」というご質問をいただくことがありますが…
この症状を放っておけない理由があります。
それは、”硝子軟骨”への影響です。膝のお皿と溝の接触面は、”硝子軟骨”という非常になめらかな軟骨でできています。スケートリンクの13分の1というなめらかさで、この軟骨があるおかげで、膝は痛みもなくスムーズに曲げ伸ばしができています。
しかし、パテラになりお皿が外れて硝子軟骨ではない場所を動くたびに、軟骨が損傷して失われていきます。この硝子軟骨は、一度失われると自然に再生することができません。
若い子や体重の軽い子では、比較的問題になりにくいですが、体重が重くなったり中高齢になったりするにつれて痛みや違和感につながり、活動性や運動能力が下がっていきます。今は痛がっていなくても、膝の中では少しずつ軟骨が失われている可能性があり、この点が注意していただきたい理由です。
※なお、後ろ足の違和感は、パテラ以外の病気の場合もあります。(前十字靭帯の損傷、股関節の病気、成長期の骨の病気など)。そのため少しでも違和感がある場合は、一度かかりつけ医さんなどに診てもらうことをおすすめします。
3. パテラはどんな犬に多いのか
膝蓋骨が脱臼する原因は、実はわかっていません。犬種的に偏りがあるため、先天的・遺伝的な素因はあると疑っていますが、遺伝子は特定されておらず、あくまで疑いというのが現状です。
比較的よく遭遇する犬種は、トイプードル、チワワ、ポメラニアン、ヨークシャーテリア、柴犬という印象です。ただし、すべての犬種に生じる可能性があります。
また、犬種にかかわらず、スリップや転倒をきっかけに脱臼する子もいます。関節を包んでいる”関節包”という組織や周りの筋肉が傷つく、外傷性の脱臼です。
「うちはミックスだから」「大きい犬だから関係ない」ということはありません。犬種にかかわらず、歩き方に違和感があれば、一度確認すべき疾患です。
4. 受診を考えるタイミング
次のような場合は、一度ご相談ください。
- トリミングやワクチンのときに、「膝がゆるいかも」と言われたことがある
- この記事で挙げたような動きが繰り返し出ている
- 片足だけでなく両足に出ている(パテラは両足に起こることも少なくありません)
とくに一つ目は重要だと思います。すでに指摘を受けているのに、症状が出ていないから様子を見ている、という状態です。症状(痛み)がないからと様子を見ているうちに、治療のタイミングを逃してしまうこともあります。
「まずは話だけ聞いてみようかな」という気持ちでも大丈夫ですので、一度お近くの動物病院さんに診てもらうようにしてください。
5. パテラが疑わしいとき、おうちでできること・やらないでいただきたいこと
診察の精度が上がるので、受診前に次の3つをしていただけると助かります。
① 動画を撮る
動画が診察において、大きな助けになります。
症状は一瞬なので、診察室では再現しないこともあります。
スマートフォンで、
- 明るい場所で
- 歩いている全身が入るように(足だけのアップにしない)
- 横からを基本に、正面や後ろからも
撮っておいてください。走っているときにだけ出る場合は、その動画も撮っておいてください。うまく撮れたものが1本あれば、判断が大きく進みます。
② いつ出るかをメモする
- 朝起きた直後だけか/散歩の後半だけか/興奮したときだけか
- 左右どちらの足か(毎回同じ足か、日によって違うか)
- 週に何回くらいか
メモがあると、問診で状況をお伝えしやすくなります。
③ 体重と床を見直す
体重が重くなるほど、膝に負担がかかり痛みにつながりやすくなります。また、スリップや転倒が外傷性の脱臼につながる例もあります。カーペットやマットを敷いて滑りにくくする、体重を増やしすぎないという2つは日常でできるケアです。
やらないでいただきたいこと
ご自宅で膝のお皿を自分ではめようとしないでください。膝の関節には多くの靭帯や軟骨が集まっていて、無理な力をかけるとそれらを傷つけるおそれがあります。お皿を戻すのは、動物病院での処置です。
同じく、痛み止めの自己判断での使用(人用の薬や、以前ほかの子に処方された薬)も避けてください。
6. 動物病院ではパテラをどう確かめるのか
当院では、次の流れで診ています(診療の流れ)。
一般的な治療のながれとしては、問診と診察を行い、 触診し獣医師が膝を触って確かめます。膝のお皿を実際に動かして、外れ方と戻り方を確かめます。(ここでパテラのグレード、つまり重症度を判断します)
その後、検査を実施します。レントゲン検査、血液検査、関節液検査(関節の中の液を調べる検査)などを行い、骨の並びや溝の状態を確認。状態の確認後、治療が必要だと判断した場合、状況に応じた治療を医師が説明し、手術に進む、という流れになります。
7. パテラが見つかったら、すぐ手術になるのか
必ずしもそうではありません。治療するかどうかは、患者様の状況によってさまざまです。症状があるケース、そしてグレード3以上のケースでは、比較的積極的に治療を進めることが多いです。症状のない中高齢のケースでは、経過観察にすることが比較的多いと思います。経過観察とは、手術をせず、定期的に膝の状態を確認していくことです。
見つかった段階と症状に応じて、選択肢は大きく次の2つです。
- 経過観察+日常の見直し:
体重管理、床(カーペットなど)の環境改善を行い、定期的に膝の状態を確認します。
- 手術:
症状が出ており、すでにグレードが進んでいる場合は早めに手術を行います。
「早く見つかった=すぐ手術」ではありません。早く見つかれば、経過観察という選択肢も持てると思います。早めの受診をおすすめしているのはそのためです。
8. 手術になった場合、どんな流れになるのか
手術の内容・術後の生活については、膝蓋骨内方脱臼のページで詳しくご紹介しています。
また、実際に当院でパテラの治療を受けた体験談として、ボストンテリアのピリナちゃんの飼い主様にお話を伺わせていただいたインタビュー記事もございます。参考になる内容かと思いますので、ぜひこちらもご覧ください。
9. よくあるご質問
Q. 外れたお皿を、自分ではめてもよいですか?
A. なさらないでください。膝の関節には多くの靭帯や軟骨が集まっていて、無理な力をかけるとそれらを傷つけるおそれがあります。動物病院で処置を受けてください。
Q. トリミングで「膝がゆるいかも」と言われましたが、症状はありません。受診したほうがよいですか?
A. 一度、確認しておくことをおすすめします。パテラは、症状が出る前にトリマーさんや獣医さんから指摘されて見つかることがほとんどです。症状がなくても、グレード(重症度)を触診で確認しておけば、経過観察でよいのか、治療を考える段階なのかが分かります。
Q.お薬やリハビリで治りますか
膝のお皿が物理的に外れている状態なので、脱臼しなくなるためには、物理的に整復する(外科手術で、外れた状態そのものを直す)必要があります。お薬や安静で一時的に症状がなくなる”良化”はあっても、脱臼しなくなる”治癒”はありません。リハビリについてもご質問を受けることがあります。正しい方向で正しい負荷でリハビリを続ければ、治ることがあるかもしれません。ただ、人では可能だと思いますが、犬猫では難しいと思います。
10. まとめ
- 後ろ足をピンと伸ばすような仕草、数歩だけスキップのようにケンケンする動きは、パテラの初期サインのことがあります
- 痛がらなくても、お皿が外れるたびに膝の軟骨が少しずつ失われている可能性があります。失われた軟骨は自然には再生せず、体重が増えたり年齢を重ねたりするにつれて、痛みや違和感につながることがあります
- 受診前に、歩き方の動画(明るい場所・全身・横から)を撮っておくと、診察の大きな助けになります
- 早く見つかれば、経過観察という選択肢も持てると思います。「早く見つかった=すぐ手術」ではありません
少しでも気になる動きがあった場合は、一度かかりつけの動物病院さんに診てもらうことをおすすめします。
この記事の監修

赤木 浩之 / 犬と猫の整形外科病院 院長
獣医学博士
臨床10年以上
日本獣医麻酔外科学会 整形外科委員会 特別委員
日本獣医麻酔外科学会 東京地区委員
日本獣医生命科学大学獣医外科学教室所属大学院特別研究生
東京農工大学卒業後、日本獣医生命科学大学大学院で獣医学博士を取得。YPC東京動物整形外科病院にて数多くの手術を執刀。同院外科部長を経て、犬と猫の整形外科病院を開院。



